ラヂオ
ラヂオ・・・・・
昔はこんな書き方をしていました。いつのまにかラヂオがラジオに替わりましたが、同じものです。
写真はラヂオを背面から撮ったものですがHikoさんが見ればどんなラヂオか一目で分かります。
これは、昭和30年代の5球ス-パ-というやつで、それも最終型に近いものです。この当時は書き方もラジオになっていたようです。
真空管がミニチュア管が使ってあります。MT管ともいいましたが、初期のものはST管と言う大きな形のもの、そしてGT管、このミニチュア管はその後に採用されました。
この5球ス-パ-と言うのは優れもので、並四(4球のもの)など、当時のラヂオは混信が多くて聞きづらいものでしたが、それを解消すべく中間周波回路と言うのを組み込むことによって、混信が一挙に解消されました。
これに高周波回路に一個増幅管加える事により、感度がよくなり短波などを聴くのには都合がよく、オ-ルウェ-ブラジオというのが登場しました。また中間周波回路にトランスと共に真空管を一個加えることにより、より鮮明な受信が出来る・・・・・・・
現在でも、Hikoさんが使っているアマ無線機もその技術が応用されています。
また、低周波回路に加えることによりパワ-アップし、電蓄(電気蓄音機)が出回りました。
この頃は真空管の数でラジオの格付けがされていて、6球とか7球など球数をきそった時代でも有ありました。
その後にトランジスタ-が開発され、真空管は徐々に姿を消すことになります。Hikoさんが高校を卒業する頃にはトランジスタ-ラジオが普及し始めていました。
これは半世紀ほど前の話ですが、ケイタイでテレビを見れるまで進化を遂げた電子技術は目覚しく、留まるところを知りません。
立体テレビとやらを拝める時代も、そう遠くではないかも知れませんね~
付録 自分で書いた記事により、5球ス-パ-が妙に恋しくなり、ネットをあさっていたら配線図に出会いました。見覚えのある真空管の名前を思い出し、懐かしんでおります。
5球ス-パ-の配線図 (ス-パヘテロダインラジオ) ネットの写しです。
※ 6E5はマジックアイ(同調指示管)で、ここではカウントしていません(無くても性能は変わらない)。
« 昭和は遠くなりにけり-4 | トップページ | バタバタ »
「文化・芸術」カテゴリの記事
コメント
この記事へのコメントは終了しました。
伊藤さん
この歌、私も知っています!
ラジオを組上げて、スイッチを入れ、真空管に灯がともり、音が聞こえてくるまでの時間が期待と不安でなんとも言えない気持ちでした。
しばらくして、ノイズ交じりで音が聞こえて来た時の感動は、筆舌では表せないほどでした。
仙人様
Hikoさんは中学生で鉱石ラジオから始まり、高校で並3、並4をクリア-して5球ス-パ-へたどり着きました。トランジスタ-時代にはもうハンダ鏝は置いてしまいましたが、仙人様は12~3年前まで続けられていたようで・・・・・
言われてみれば、並四からス-パ-に昇進させるには、混合管(検波・増幅)の6WC5と周波数変換管の6ZDH3Aが必要だったんですね。
整流管(12F or 80)、終段管(6zp1 or 42)、増幅管(6D6)はそのまま使えると言うことでしょうか・・・・・
これに2連バリコン、発信コイルとパッティグコンデンサ-、中間周波トランスを組み込んで・・・・
だんだん思い出してきました!
コメントに触発されて配線図を追加UPしました。
投稿: Hikoさん | 2009年4月17日 (金) 14時48分
懐かしい「ラヂオ」を見せて頂きました、MT管とパーマネントSPが使われている最後期の頃のものですね。
当時、並4に6WC5と6ZDH3Aを足して5球スーパーに直す仕事を随分やりました。多分100台に近いものでした。
自分用のものは作る度にランクアップし、最後に作ったのが5バンド・オールウェーヴ付き、IF2段・RF1段のファイナルが6V6PPでした。今では青春時代の幻です。
いま、自宅では永久保存版として作ったアンプ300BシングルとEL35(6CA7)PPが稼働中です。(何れもステレオ)
どちらも我々の青春時代にはお目にかかれなかった球です。
もっとも、これは12~13年前に作った、言って見れば贅沢品で、タムラのトランスを使っています。
球も300BはウェスタンE、EL35はテレフンケンです。
投稿: 仙人 | 2009年4月17日 (金) 09時37分
♪三つの歌です 君も僕も
あなたもわたしも朗らかに
忘れた歌なら思いだしましょ
みんな見事に歌いましょ・・
昔、こんなラジオ番組に耳を傾けましたよネ(笑)
ラジオにスイッチを入れても、真空管が熱せられるまで少しの合間があり、直ぐ音声は出ませんでした・・
投稿: 伊藤 | 2009年4月17日 (金) 08時29分